私は高校生のとき、精神的に不安定になり、学校を休みがちになりました。その頃から、さまざまな症状が現れ、精神科を受診することになりました。これは、そのときの私の経験の記録です。
1. 最初の異変
高校3年生になったころ、私は学校に行くのがつらくなりました。気持ちが沈んでやる気が出ず、授業についていくことが難しくなりました。家族ともうまく話せず、自分の気持ちをどう伝えたらいいのか分かりませんでした。
そんな中、ある日突然、気分が高ぶり、落ち着かなくなりました。焦燥感やイライラが抑えられず、どうしていいのか分からない状態になったのです。夜にはさらに興奮し、攻撃的になってしまいました。そのとき、家族の勧めで夜間救急にかかり、精神科への通院が始まりました。
2. 診察と治療のはじまり
初めての診察では、私はほとんど話せませんでした。母が代わりに症状を説明してくれました。医師は、私の様子を見ながら、抑肝散という漢方や睡眠薬を処方してくれました。
その後も何度か通院し、医師に相談する中で、私が「適応障害」と診断されたことを知りました。最初に受診したクリニックでは「統合失調症」と言われていましたが、新しいクリニック*では違う見解でした。診察を重ねるうちに、少しずつ自分のことを話せるようになっていきました。
3. 不安定な日々と家族の支え
治療が進むにつれ、少しずつ落ち着いていったものの、不安定な日々は続きました。ある日突然、気分が高揚し、夜に大声で歌ったり踊ったりすることもありました。逆に、何もしたくない日もありました。そんな私の様子を見て、医師は「双極性障害の可能性もある」と話しました。
このころ、私は漢方薬が苦手で、どうしても飲めませんでした。また、気分が沈んでいるときは話すのも嫌で、家族にも素っ気ない態度をとってしまいました。それでも母は付き添ってくれ、私の状態を医師に伝えてくれました。
父も一緒に診察を受けることがありました。父は私の行動を心配しながらも、「本当に統合失調症なのか」と疑問を持っていました。そこで別の病院を訪ねて相談し、「統合失調症ではないかもしれない」と言われたこともありました。
4. 少しずつ回復へ
治療を続けるうちに、症状は少しずつ安定していきました。吐き気は減り、夜に裸になるような行動もなくなりました。気分の波はまだあるものの、以前よりも落ち着いて過ごせるようになりました。
そして、医師と相談しながら、学校復帰の計画を立てることになりました。私は10月から新しい学校に通うことを決めました。まだ不安はあったけれど、「やってみよう」と思えるようになりました。
5. 治療の終わりと新しいスタート
最後の診察では、医師から「もう薬がなくても大丈夫」と言われました。私はもうほとんど薬を飲んでいなかったし、以前のような症状も出ていませんでした。
この頃になると、私自身も以前より前向きになっていることを感じました。家族も、「ずいぶん落ち着いたね」と言ってくれました。そして、この診察をもって、私の通院は終了しました。
6. 今思うこと
振り返ってみると、私は自分の気持ちをうまく伝えられず、一人で抱え込んでいました。学校のこと、将来のこと、周りとの関係のこと…すべてが不安で、どうしたらいいのか分からなかったんです。
でも、治療を受け、家族や医師と話す中で、少しずつ自分の気持ちを整理できるようになりました。時には不安定になったり、周囲を困らせたりもしたけれど、最後には落ち着いて新しいスタートを切ることができました。
この経験を通して、「誰かに頼ってもいい」「自分の気持ちを話すことは大切」と思えるようになりました。今は、少しずつでも前に進んでいこうとしています。
*新しいクリニック:当クリニック