大人の発達障害

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「大人の発達障害」とは、子どものころからみられていた発達の特性が、大人になってから仕事や対人関係、家庭生活の中で困りごととして目立ってくる状態を指します。主なものとして、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)があります。発達障害は生まれつきの特性であり、本人の努力不足や性格の問題ではありません。大切なのは、特性を理解し、困りごとを減らす工夫や支援につなげることです。

大人になってから初めて「自分は発達障害かもしれない」と気づく方も少なくありません。実際には、学生時代までは何とかやれていたものの、就職、異動、昇進、結婚、育児などで求められる役割が増え、ミス、人間関係のずれ、段取りの難しさ、生きづらさとして表面化することがあります。政府広報でも、大人になってから仕事でのつまずきや周囲との摩擦をきっかけに発達障害に気づく場合があると案内されています。


主な特性

ADHD(注意欠如・多動症)

ADHDでは、不注意、多動性、衝動性の特性がみられます。大人では、子どものころのような目立つ多動よりも、落ち着かなさ、忘れ物やミスの多さ、先延ばし、段取りの苦手さ、時間管理の難しさとして現れることがあります。米国疾病予防管理センター(CDC)も、成人のADHDでは注意の管理、長い課題の完遂、整理整頓、行動のコントロール、内面的な落ち着かなさなどに困難が生じうると説明しています。

ASD(自閉スペクトラム症)

ASDでは、対人関係やコミュニケーションの独特さ、こだわりの強さ、予定変更への弱さ、感覚の過敏さや鈍さなどがみられることがあります。周囲に悪気はなくても、職場で「融通がきかない」「空気が読めない」「説明が足りない」などと誤解され、本人も強い疲れや不全感を抱えやすくなります。大人のASDについては、英国国立医療技術評価機構(以下NICE)が18歳以上を対象とした診断・支援ガイドラインを設けており、成人期にも適切な評価と支援が必要とされています。

発達障害の特性は人それぞれで、ADHDとASDの両方の傾向を併せ持つ方もいます。また、発達特性そのものより、そこから二次的に生じた不安、不眠、抑うつ、自己否定感、適応障害が主な相談内容になることも少なくありません。成人のADHD評価では、不安、抑うつ、睡眠障害、アルコールや物質使用、学習の問題など、似た症状を示す状態や併存しやすい状態も含めて見極める必要があるとされています。


大人の発達障害の診断について

大人の発達障害の診断は、今つらい症状があるだけで決まるものではありません。発達障害は神経発達の特性なので、診断では、子どものころから似た傾向があったか、学校生活や家庭でどのような特徴があったか、現在どの場面でどのような困りごとが起きているかを丁寧に確認します。成人のADHD診断では、症状チェックに加えて行動歴や体験の確認が行われ、症状が12歳以前から存在していたかも評価対象になります。必要に応じて家族などから情報を得ることもあります。

また、ASDについても、血液検査や画像検査だけで診断できるわけではありません。CDCは、ASDには血液検査のような医学的な単独検査はなく、発達歴や行動の特徴を総合して診断すると説明しています。成人で初めて診断に至ることもありますが、その場合も「今の困りごと」だけでなく、これまでの発達の経過をふまえて判断することが重要です。

そのため、SNSやチェックリストだけで自己判断するのではなく、困りごとの内容、幼少期からの特性、生活への影響、他の病気の可能性を含めて診察で整理することが大切です。NICEでも、ADHD・ASDともに成人を対象とした診断と支援のガイドラインが整備されています。


当院での治療方針

当院では、大人の発達障害の診療において、まず「病名をつけること」だけを目標にしないことを大切にしています。重要なのは、今どのような困りごとがあり、何が生活や仕事の支障になっていて、どうすれば少しでも暮らしやすくなるかを整理することです。これは当院全体の「具体的な治療目標を設定する」「不要なお薬は処方しない」「生活改善や環境調整を優先する」という方針にも一致します。

1.困りごとの整理を行います

「忘れ物やミスが多い」「職場で指示が頭に入りにくい」「人間関係のずれで疲れやすい」「予定変更に弱い」「家事の段取りがうまくいかない」といった困りごとを、具体的な場面ごとに整理します。発達特性の問題なのか、抑うつや不安、不眠などの影響が大きいのかを見極めることも大切です。

2.環境調整と生活の立て直しを重視します

当院では、必要がない場合は薬だけに頼らず、生活改善や環境調整を優先します。発達障害の診療でも、まずは仕事の進め方、スケジュール管理、睡眠、飲酒習慣、負担のかかり方、人との関わり方を見直し、特性に合った工夫を考えます。職域での発達障害支援について、厚労省系の「こころの耳」でも、ADHDとASDを分けて理解し、ASDでは環境調整や思考・行動パターンの修正が対応の中心になるとされています。

3.ADHDでは、必要に応じて薬物療法も慎重に検討します

ADHDでは、環境調整だけでは困難が大きい場合に、薬物療法が有効なことがあります。CDCも、成人ADHDは薬物療法、心理社会的支援、行動面への介入などを組み合わせて管理されうると説明しています。一方で、当院は「必要な場合に、必要な分だけ」という姿勢を大切にしているため、最初から薬だけで解決するのではなく、困りごとの内容や生活背景をふまえて慎重に検討します。

4.ASDでは、特性理解と対人・仕事上の工夫を重視します

ASDでは、ADHDのように薬が中心になるわけではなく、自分の特性を理解し、無理の少ない環境や関わり方を整えることが重要です。曖昧な指示が苦手なら指示を具体化する、予定変更を減らす、刺激の多い環境を調整する、対人場面で疲れやすいことを前提に休息を組み込むなど、実際の生活に落とし込んだ工夫を重視します。

5.二次的な不調にも対応します

大人の発達障害では、不眠、不安、抑うつ、適応障害などを併発することがよくあります。当院では、必要に応じてそれらの症状も併せて診療します。発達特性そのものを理解することと、今つらい症状を和らげることの両方が大切です。

6.必要に応じて他機関をご案内します

当院では高校生以上の方を対象としており、小中学生の方には児童・思春期の専門外来をおすすめしています。また、臨床心理士によるカウンセリングは行っていないため、必要に応じてカウンセリング機関や他院をご案内します。地域には発達障害者支援センターなどの支援機関もあります。


具体的なケース

以下は、実際の診療でよくみられる経過をもとにした架空の事例です。

ケース1:仕事のミスが多く、ADHD傾向が疑われた方

30代の会社員の方です。締切管理が苦手で、メールの見落としや物忘れが多く、職場で注意されることが続いていました。以前から片づけや段取りが苦手でしたが、就職後しばらくは周囲のフォローで何とかこなせていました。ところが業務量が増えてからミスが目立つようになり、自信を失って受診されました。

診察では、現在の困りごとだけでなく、学生時代からの傾向や生活歴を確認しました。そのうえで、タスクの分け方、見える化、締切管理の工夫、睡眠の見直しを行い、必要に応じて薬物療法も検討しました。成人ADHDでは、症状が仕事や生活に支障を来しているか、幼少期からの経過があるか、他の病気では説明しきれないかを丁寧にみることが重要です。

ケース2:人間関係の辛さから、ASD特性が見えてきた方

40代の方です。仕事そのものは真面目にこなしていましたが、会議で相手の意図を読み取るのが苦手で、指示のあいまいさに強いストレスを感じていました。周囲からは「こだわりが強い」「言い方がきつい」と受け取られ、人間関係の疲れから抑うつ気分や不眠が目立つようになりました。

診察では、現在の職場での困りごとに加えて、以前からみられていた対人面の特徴やこだわりの傾向を確認しました。治療では、まず抑うつや不眠に対応しつつ、本人の特性を整理し、職場での伝え方や負担を減らす工夫を一緒に考えました。ASDでは、特性理解と環境調整が支援の中心になります。

ケース3:高校・大学以降で生活の破綻感が強くなった方

高校生・大学生の年代でも、進学や一人暮らし、レポート管理、対人関係の変化をきっかけに、発達特性による困りごとが目立つことがあります。これまで家族や学校の支えで保たれていたものが、環境変化で保てなくなるためです。

当院は高校生以上を対象としているため、この年代の方についても、発達特性そのものだけでなく、不眠、不安、抑うつ、適応不全を含めて診察し、必要に応じて支援につなげます。


このようなことでお困りならご相談ください

  • 忘れ物やうっかりミスが多く、仕事に支障が出ている
  • 締切や予定の管理が苦手で、いつも追い詰められてしまう
  • 片づけや優先順位づけが苦手で、生活が回らない
  • 人間関係で誤解されやすく、職場や家庭で強い疲れを感じる
  • 予定変更や曖昧な指示がとても苦手で、強いストレスになる
  • 感覚の過敏さや疲れやすさで生活しづらい
  • 発達障害かどうかだけでなく、不安、不眠、抑うつも気になる

大人の発達障害では、「発達障害そのもの」よりも、「そのために毎日の生活がうまくいかない」「自分を責め続けてしまう」「二次的にメンタル不調が悪化している」という状態が受診のきっかけになることがよくあります。大人になってから気づくことも珍しくありません。


受診にあたって

大人の発達障害の診断や相談は、精神科または心療内科で行われます。政府広報でも、大人の発達障害の検査や診断は精神科または心療内科で行っていると案内されています。当院でも、大人の発達障害の診断・治療のご相談に対応しています。

ただし、発達障害の診療では、短時間で一度に結論が出るとは限りません。診断名を急ぐより、まず現在の困りごとを整理し、必要な支援や治療につなげていくことが大切です。


緊急性が高い場合について

強い希死念慮、自傷行為、夜間・休日の緊急対応が必要な状態では、当院での対応が難しいことがあります。その場合は、救急対応可能な医療機関への相談をご検討ください。これは当院FAQの案内とも一致します。


まとめ

大人の発達障害は、ADHDやASDなどの特性により、仕事、対人関係、家庭生活で困りごとが生じる状態です。大人になってから初めて気づくこともあり、うつ、不安、不眠、適応障害などを併発して受診される方も少なくありません。

当院では、病名をつけることだけを目的にするのではなく、今の困りごとを整理し、生活や環境を整え、必要に応じて治療を組み合わせることを大切にしています。気になることがあれば、一人で抱え込まずご相談ください。